連載 ファッションとジェンダー/第11回(2001年2月号掲載)
ウェディング、ラプソディー
宮谷史子 ファッションライター


 実は、私は結婚式が嫌いだ。
 平服で会費制のパーティーなんかはいいのだが、ご祝儀や礼服や会食が伴う結婚式は、人生の中でできれば避けて通りたいものの筆頭だった。そんな私に、普段さほどつきあいのない親戚から結婚式の招待状が届いた。
 親戚というだけでメンバーに入れられるとは、ムムッ、これは私が思わず身を引く「○○家と○○家」という正統派結婚式だな!
 「なんで私が、今までに五回ぐらいしか会ったことない男の子の結婚式に招かれるんだ。親戚の数合わせか! 今どき親戚集めるなんて、よっぽど友達がいないのか!」
 ぼやき、毒づき、「私は行かない」とゴネる私に年老いた母が困り果てていると、大学生の息子がおごそかに言った。
 「あんたが結婚式が嫌いなのは良くわかる。だけど、関西や九州から叔父さんや伯母さんがわざわざ集まってくる席にあんただけ出ないってことは、話が別だろう。
 大人げないこと言うんじゃないよ!」
 へー、へー、ぐうの音も出ません。フンなにさ正論はいちゃってさ、若造め、ケッ!
 というわけで、それ以来家の中で毒も出せず考えれば考えるほど憂鬱になり、ため息をつきながらひと月ほどを過ごした。
 しかし、私はどうしてこうも結婚式が嫌いなのだろう。考える時間は充分にあった。

──初めての結婚式
 初めて年上のいとこの結婚式に出席したのは、たぶん十代の終わり頃だったと思う。
 私は「お嫁さん」に憧れたことはなかったが、生まれて初めて出る結婚式は大人の仲間入りしたようで、ワクワク出かけていった。
 親戚一同が集まる「○○家と○○家結婚式」といった、最もオーソドックスなマニュアル通りの正統派結婚式だった。
 いつもはおしゃべりな伯母さんも陽気な叔父さんも、モーニングや留め袖姿で神妙な顔で集まっていると、「お支度が出来ました」と、親戚一同ぞろぞろ部屋に通された。
 と、その部屋の中央には重たいかつらをかぶせられ、窮屈そうな派手なきもの(打ち掛け)をグルグル巻きにされ、顔を真っ白く塗られた姿で、日本人形のようにうつむいて座っているいとこの姿があった。
 私は、そのいとこの花嫁姿に身がすくむほどショックを受けた。それは、「あんな恥ずかしいかっこうさせられて、かわいそうに!」という感じに近かったように思う。
 しかし私のショックとは裏腹に、人々はため息をつき褒めそやし涙ぐんだりして……いとこも普段の元気な彼女はどこへやら、伏し目がちに微笑んだりうなずいたり、日本人形になりきっているではないか。
 なに? なんなのこれは? どうやら私だけが、回りから浮いているようだった。ものすごい違和感を感じたのを覚えている。
 それにしても、私はその結婚式で初めて「花嫁」というものを見たのだ。
 人形のように飾り立てられ、さんざん人々の視線にさらされ、大人なのに人に手を引かれてよちよち歩く「花嫁」は、私には屈辱と嫌悪感以外のなにものでもなかった。
 若かった私は、自分が感じた嫌悪感や違和感をうまく言葉にすることは出来なかったが、とにかく親には「私は一生、結婚式はやらない! 花嫁なんていう『さらし者』には、死んでもならない」と、宣言した。
 母親は、「自意識過剰」「へんくつ」「へそまがり」と嘆いたが……けっきょくあの言葉、今日まで貫いちゃったなあ。
 自意識過剰だろうがへそまがりだろうが親不孝だろうが、結婚なんて自分のことだもんね。ヤなもんはイヤなのよ。
 しかし、初めて出た結婚式での違和感や花嫁姿への嫌悪感というのは、今から考えると、かなり結婚式や結婚というものの本質を、本能的に嗅ぎ取っていた感覚だったのではないかと(あくまで、私にとってのだけどね)……たくさんの結婚式や結婚を見てきた今では、思ったりする。

──ある投稿
 私は親族の中では年下の子どもだったので、若いうちに立て続けにいとこ達の結婚式に出た後は、結婚式とは縁が切れたかにみえた。
 大人になってからの私の友人や仕事仲間の結婚式は、レストランなどで平服でやる会費制のパーティーがほとんどだった。
 礼服もご祝儀も長々しいスピーチもない、仕事帰りにカバンをクロークに預けて仲間達と騒ぐ結婚パーティーは、楽しかった。
 なによりも、よく知っている人の結婚には心から素直に「おめでとう、よかったね」と言えるのが、ステキだった。
 結婚なんて本来プライベートなものだし、披露宴って新しいカップルの友人たちが混ざる為の顔合わせに過ぎないんだから、会費制のパーティーで充分よ。結婚式場やホテルに大金払って、ばかにならないご祝儀やりとりして、大袈裟なコスプレパーティーみたいな悪習は早くなくなるべきだわよ。
 なくなっていないのは知っていた。
 最新のウエディングドレス事情から、結婚式場のカタログ全一冊から、女性週刊誌のお色直しの花嫁さんスナップまで、仕事でさんざん結婚やったからね。
 それでも、とにかく私自身のまわりからなくなっただけでも、せいせいしていた。
 いつしか「花嫁」を初めて見た時のショックのことなど忘れ、ただ「結婚式は嫌いだ」という思いだけが私の中に残った。
 そして最近ではもう年齢的に、結婚式とは縁が切れたとたかをくくっていた。
 話は変わって、数年前のことになるが新聞を読んでいて妙に心にかかる投稿があった。
 27才になる女の人からの、七五三の晴れ着に関する投稿だった。
 彼女は7歳の時、七五三の晴れ着を着せられるのがいやでたまらなかったのだそうだ。
 「おもちゃを買ってもらうのを交換条件にしぶしぶ晴れ着を着たが、いざ鏡の中にひらひらした晴れ着を着て化粧された自分の姿を見たとたん、ワッと泣き出してしまった。
 その時は自分の気持ちを言葉にすることが出来ず、親や周りの人に『きものが窮屈で泣いたんだろう』と片づけられてしまった。
 しかし本当は、『可愛い女の子』に仕立てられた恥ずかしさと屈辱に悔しくて悲しくてたまらなかったのだと、大人になった今ならわかる。
 あの時の、人格を踏みにじられたような苦い悲しい思い出は、今でも心のしこりとして残っている」
というものだった。
 私は、出来ることなら20年前にさかのぼりその7才の女の子を抱きしめてやりたいくらい、この人の気持ちがよくわかった。
 おそらくこの人も、まわりから「へんくつ」「へそまがり」と言われ続けてきたのだろう。
 「ああ、私だけじゃなかったんだ!」という思いと同時に、「こういうある種の自意識を持った女の子は、本当は案外たくさんいるはずだ!」と、何の根拠もないのだがはっきりと確信した。
 その時はそれだけのことだったが、妙に心に残る投稿で切り取っておいた。
 今回結婚式のことを考えていてすぐ思い出したのが、あの数年前の投稿だった。
 探し出して読み返してみて、私の中で何かがすぅーっとつながった気がした。
 そう、こういうことなんだよ。
 投稿した彼女は七五三で7才の少女ではあったけど、「人格を踏みにじられた」とまで感じたんだよ。
 ことは七五三どころか結婚、花嫁である。
 七五三の生き人形が童女なら、花嫁は大人の女の生き人形である。
 大人の女の人形には「性」がある。花嫁にはことさら、白無垢だのかぶり物だのバージンロードだのと、性の匂いがまといつく。
 その昔、若かった私が花嫁に感じた猛烈な嫌悪感というのは、この花嫁という人形の「性の匂い」だったのではないだろうか。
 「性の匂い」の、妙な在り方だったのではないだろうか。
 結婚という家と家とが花嫁の性を取り引きする儀式の中の、「女を買う匂い」だったのではないだろうか。
 ……いやあ、人格どころの騒ぎじゃないなあ、これは。
 そういえば前に、結婚式場の支配人をやっている男から「結婚式ってのは、もともと男が『買ってきた女』を見せびらかして、『これはオレの女だからもう手を出すなよ!』って、まわりに認知させる儀式なんだよ。
 だから女を飾り立てて、派手にやればやるほど効果的だったんだよ」
 笑いながら言う男に、私は内心かなりカチンときたけど、「案外そんなところなんだろうなあ」とも思ったものだ。

──ああ、結婚式
 そして、とうとう結婚式の日がやってきた。ウエディング、ラプソディーが始まった。
 バージンロードを歩く花嫁は父親の手から新郎の手へ、誓いの言葉、指輪交換、新郎が花嫁のベールをめくってキス……なんか、ほとんど象徴的だよねこれって。あー恥ずかしい。世間では、若者が町中でおおっぴらにキスすると言って眉をしかめるが、私はこっちのほうがなんかずっと恥ずかしいナァ。
 で、別にキリスト教徒でもないんだけどみんなで讃美歌うたって、つつがなく式は終わり……讃美歌うたってバイトの音大生さんもごくろうさま!
 お決まりの「いかに業績を上げてる会社で、いかに新郎が優秀か」という、会社の上司のスピーチで披露宴が始まる。
 お決まりの新婦の友人の「バラしちゃいますゥ」、お歌は竹内まりや。
 お決まりのスモークサーモンとシャンパン、白ワインに魚……あっ、パンのおかわり頼んだの、そっちのテーブルじゃなくてこっちだってば! もー、あいつもバイトだな。
 赤ワインにステーキは半分でギブアップ……えーっ、まだアイスクリームと「先ほど新郎新婦が入刀したウエディングケーキ」があるの? ふーん、最近はケーキは張りぼてじゃないんだ。結婚式場もいろいろ考えるなあ、少子化で競争が大変なんだろうな。
 それにしても、今どきの若い子がやっぱり「新郎の○○さん! 時々は新婦の○○さんを私たち仲良し4人組の旅行にお借りしますから、その時は快く出してあげてくださいね」なんて言うんだなあ……職場結婚で共働きだったら、旅行ぐらい亭主の顔色なんかうかがわずに堂々と行けよ!
 男の子たちのお歌は「らいおんハート」……しかし、こういう席で「君はボクのくすり箱」ってさー、マザコンというか、ちょっとモロ過ぎると思わない? まっ、いいんだけどさ。
 ケーキと格闘していると、突然「夜は暴れん坊将軍でガンバってください!」という男の子の声と爆笑が聞こえてきて、思わずケーキを吹きそうになる……ちょ、ちょっと、「夜は暴れん坊将軍」って、今どきの若い男の子がセックスのことをいまだにそんな風に言うわけ? それじゃあ30年前に新幹線のホームで、新婚に向かって「ガンバってこいよー!」と大騒ぎしてた男達と、なーんにも変わってないじゃないか。
 「男のジェンダー」って、30年たっても何にも変わらないわけ? あー疲れるなあ。

 疲れる、疲れる、あー疲れる……しっかし近い将来、私、いつもブツブツ文句ばっかり言ってる、へんくつで意固地なヤなババアになりそうだなあ。

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