タイトル

連載 ファッションの風影/第7回(2001年10月号掲載)
靖国ララバイ
宮谷史子 ファッションライター

 小泉総理の靖国参拝に揺れた8月。
「あの人って、どこかの都知事なんかに比べたら、それほど確固たる右翼思想の持ち主とも思えないんだけどなあ。あれだけいやがる人がいて、いやがる国があるのに、所詮は神社の参拝ごときになぜああもかたくなにこだわるんだろう? 靖国神社に、よっぽどの義理としがらみとかあるのかしら?」
 と、思いながら夜中のニュースを見ていた。
 賛成派と反対派が怒号を上げる境内、旧日本軍の軍服を着て隊列を組んで歩く老人達、特攻服の右翼の若者達が映し出される。
「そうそう、居るんだよネあそこには。旧日本軍の亡霊みたいなジイサマとか、難聴気味のうるさい右翼のにいちゃんたちが。それにしても、旧日本軍の軍服にしても右翼の特攻服にしても、ファッションがんばってんなあ。ああいう服には、靖国ほどかっこうなシチュエーションはないわなあ」
 と、思っているうちに、ふと「靖国ってのもまた、ひとつのファッションだったんじゃなかろうか?」という疑問が湧いてしまった。
 で、私は今年はなんと靖国神社に出かけてきました。
 もちろん15日は避けましたよ。近隣諸国に配慮したわけでもないんだけど、なにしろ思いついたのが15日の夜中だった。

──靖国が懐に抱くもの
 私は昔、靖国神社の裏手にある出版社の仕事をしていたことがあるので、靖国は実はかなりなじみ深い場所でもある。
 桜が満開のときも御霊祭りのときも、「なんか馴染めないところだなあ」と思いながら、仕事の行き帰りにせっせと神社を通り抜けていた。
 街並みとの調和なんか完全に無視したデカさの鳥居とか、白いのばっかり集めた鳩とか、広い参道にそびえ立つ銅像(大村益次郎という人だと、今回初めてわかった)とか、道具立てや演出がやたら威圧的でエラそーで、あんまり良い印象は持ってなかった。
 通り抜け専門だったの。
 ところが一度だけ、じっくりと中を探検しちゃったことがある。
 仕事場での用事の後、近くで女友達と互いに子ども連れで会うことになったとき、小さな子どもを遊ばせるには神社の境内が好都合と、靖国神社で待ち合わせることにしたのだ。
 緑の多い境内を走り回る子どもたちを見ながら、私たちはゆっくりおしゃべりをしていたが、やがて鳩を追い回すのにも飽きた子ども達を連れてブラブラと探検を始めた。
 そして、「あっ、こんな所に博物館があった」と入っていったのが、あの神社の裏手にある戦争博物館「遊就館」だった。
 いや、なんか妙な気はしたの。だって、のっけから入り口に、ドーンと人間魚雷「回天」が鎮座してるんだもの。
 入るとすぐに、「肉弾三勇士」(爆弾抱えて敵陣に突っ込んでったという、人間爆弾)のレリーフ。それからずらずらと偉い軍人や大将の肖像画に写真、軍服にヘルメットに千人針、特攻で死んだ兵隊達の写真に手紙。
 いや、いいのよ。こういう博物館があるのは。肉弾三勇士はともかくとしても。
 「戦争の悲惨なものを、小さい子どもには見せたくない」とかも、私は全然思わない。
 しかし、腹が立ったのはそれらの説明書きが、手放しで彼らの行為を誉め称え、賛美していることだった。やたら書き連ねてある「勇敢、愛国、壮烈」というような文字を読みながら、私はだんだん腹が立ってきた。
 爆弾積んだベニヤ板の特攻モーターボートのあたりで胸がむかついてきて、特攻機「桜花」まできたら怒りで吐きそになった。
「なんだ、こりゃあ こんなオモチャみたいなベカベカの飛行機で『死んでこい』だと、人をバカにするのもいいかげんにしろよ なーにが英霊だよ 彼らは、有無を言わさず殺されたんじゃないか。さんざん若者たちを殺しといて、英霊もないもんだ。ふざけんじゃないよ」
 勇壮な特攻機だって?……私には、胸が悪くなる程の不快感と、突き上げるような怒りしか感じられなかった。
 こういうものを、歴史の事実として展示するのはよくわかる。
 しかし、それを英雄だの愛国の士だのと褒めそやす神経は、戦後生まれの私にはどうしてもわからない。
 戦死した人々の霊なんて、謝罪し、悔いることでしか意味がないじゃないか。
 せめて正当化しないことが死者に対する礼儀であり、それが知性だと思うのだ。
「ああ、そーだったの 靖国ってこーゆー所だったの。韓国や中国が嫌うはずだわ」
 長年通り抜けていた靖国神社の正体を、私はその時初めて知った。
「とんでもねー所だったんだわ
 それにしても、今いったいどれくらいの人が、靖国神社が懐にひっそりと抱くこの戦争賛美博物館のことを知っているのだろう?
 神道だろうがモルモン教だろうが、ああいう戦争賛美を懐に抱くものを、私は個人的には「絶対に許せない」と思う。

──実写フィルムの真実って?
 そして、お久しぶりの靖国参拝。
 あいかわらずエラそーで暑苦しい大鳥居も、お久しぶり。
 鳥居といえば、「空をつくよな大鳥居、神とまつられるもったいなさに、母は泣けます嬉しくて」という歌があることを、今回初めてパンフレットで知る。
 こうした一連の「戦争の母もの」の歌に対して、昔はただ「わけわかんないけど、とにかく神聖で、土足で踏み込んだりしてはいけない領域の歌なんだろう」と思っていた。
 しかし、今自分が戦死した若者たちの母親と同じような年齢になると、わけわかんないどころか限りなく不愉快なだけだ。
 「けっ 笑わせんじゃないわよ」と、思わずパンフレットに悪態をつく。
 ブラブラ境内を歩いてくと、8月という書き入れ時のせいか、小さい子ども連れの家族や若いカップルの姿があんがい多い。
 で、賽銭箱の前で参拝。ここで、あの二拝二拍手一拝(これが覚えられなくて、つい、一挙手一投足って言っちゃうのよ。意味は近いでしょ)ってのをやるわけね。でも、やってる人いないなあ。
 そしてモンダイの、土管のお化け「回天」が入り口でお出迎えする「遊就館」へ。
 ところが、「平成14年に新生する」ため改装工事中。
 ゴタゴタと狭いなか、「かく戦えり。近代日本」展を見る。300円は高い
 特攻隊の写真の前で、金髪のカップルが「わーっ、ウチらより若そー。カワイソー」と騒いでる。
 小さなホールで、映画を上映中。
 「お時間の有る方はどうぞ、たった今、今始まったばっかりですからどうぞ」というオジサンの呼び込みに釣られて、「みんなで靖国に参拝しよう」を鑑賞。
 ところがこのオジサン、映画が終わる10分前まで「今、始まったばかりですから」と、呼び込んでんの。また、嘘ついても呼び込みたくなるくらい確かに観客も少なかった。
 で、この映画というのが、お決まりの夕日の海辺を歩くカップルのイメージカットに、第二次世界大戦の実写フィルムと参拝論者の語りを、混ぜ合わせたというしろもの。
 特攻隊の少年兵、空襲に逃げまどう人々、東京裁判の東条英機、沖縄戦にガマに学徒隊……これって、8月15日にTVがやる反戦ドキュメンタリー番組と、まったく同じ実写フィルムじゃない?
 イメージカットに靖国の桜が入るのと、コメンテーターの顔ぶれと、最後の落としどころが「だからみんなで英霊を称えよう。参拝しよう」というだけのことなのよ。
 実写フィルムなんて、あっちから見ればああ、こっちから見ればこう……正反対に、どっちへもころべるわけだ。もう50年以上も昔のことだもんね。
 死人に口なしってわけか。

──人の集まるところ
 小1時間、「英霊に感謝して、みんなで参拝しよう」という教育映画を観賞後、工事中でたいして見るものもない遊就館を後に、境内の御茶屋へ。そういえばここも通り過ぎてただけで、入るのは初めて。
 おでんに焼きそば、靖国まんじゅうに靖国サブレ、そしてお菓子にタオルにキーホルダーと、さすがに充実の小泉グッズの数々。
 でも、あれぇ「田中真紀子さんガンバレまんじゅう」まであるけど……オイオイ、あの人は「靖国には参拝しません」って言ってた人だゾー。まっ、いいのかそんなこと。
 なぜか茶屋でだべってる年輩の善男善女は、みんな昼間からビール飲んでる。ウマソー。
 それでは私も、プッハー
 ビール片手に、聞くともなしに回りの話に耳を傾ける。
「おじいちゃん80才でいらっしゃるの、お元気なこと。はい、私も毎年来てますの」
「まー、お宅もインドネシア 戦死した私の夫もインドネシアでしたのよ
「こちらの先生方(どうも、あの銅像やレリーフの大将達のことを言ってるらしい)もウチの主人も、同じ戦死した者同士みーんなお友達みたいなもんですよ。えーえー、あちら側へ行けばみーんなおともだちですとも。私も早くあっち側に行きたいもんです」
 元気のいいお婆さんがひときわ黄色い声を出してたりして、なんか「お婆さんの原宿、とげ抜き地蔵」みたいなノリだなあ。
 でも、ほのぼのしてていい感じ。神社とか寺なんて、本来これでいいのにねえ。

──バイバイ、靖国
 缶ビール一個、缶をつぶして立ち上がる。
 黄色い声のお婆さんも行ってしまった。
 靖国って、やっぱりファッションだったんだな。
 もの凄く強烈な、軍国主義という流行の発信源だったんだな。
 その昔、インターネットもTVもない、情報も統制されていた時代に……いまだに名曲が多いとされている軍歌の数々は、どんなに人々の心に染み込んだことだろう。
 贅沢は敵、パーマも絹も色物も御法度、誰もがドブ泥色のもんぺと国民服の時代に……特攻隊の若者たちの白い絹のマフラーは、どんなに凛々しくカッコよかっただろう。
 そびえ立つ大鳥居に白い鳩に桜、軍神にきわめつきの戦争賛美館、これらのすべては……大切な肉親の死をも正当化できるほどの、癒しの小道具だったんだ。
 靖国は、国民を戦争へ洗脳するための大がかりな広告装置の、金字塔だったんだ。
 戦争という広告かあ……。
 広告は人為的に造られる巧妙な「造り」だ。
 この「造り」の方法論は、ファッションの方法論とよく似ている。
 できるだけ身近なほどいい。わかりやすいほどいい。「いきなり」では人は引いてしまうから、初めはあくまでさり気なく、知らぬ間にエスカレートしていくのがいい。
 仕掛けられて「つい」のってしまう側もあれば、必ず「仕掛けた」側もある。
 私は、広告とかファッションみたいなもの……けっこう恐いと思ってる。
 そういえばファッションとファッショって、たった一字違いだねえ。

 バイバイ、靖国。もう二度と来ることもないだろう。

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