タイトル

連載 ファッションの風影/第11回(2002年2月号掲載)
化粧について
宮谷史子 ファッションライター

 ファッションの本ってわりとつまんないのが多いんだけど、最近久々に「あっ、これはいいな」と思ったのが、かづきれいこのメイクアップの本だった。
 かづきさんは、中高年やお年寄りや事故で顔にトラブルを持った人にリハビリメイクというのをしていて、老人ホームのお年寄りたちに化粧しに行ったりしてる。
 そんなことからもわかるように、この人の視点は徹底的に弱者に立っていながらも、「きれいになろうよ きれいになれば元気も出るじゃないの」と実にポジティブ。
 私は、化粧を書く時はとても用心深くなってしまうんだけど、この本に触発されて久しぶりに化粧のことを書いてみたくなった。
 化粧に関しては、若い女の子たちに言いたい思いがけっこうあるんだなあ。

──素肌と化粧
 ファッションの仕事にヘア(髪型)とメイク(化粧)はつきものだ。撮影には必ず、ヘアメイクさんと呼ばれる美容師が同行する。
 私のエディター(編集者)という仕事は、ヘアメイクの上手い下手を見定めることも、撮影時に「口紅の色をもう少し赤く」などとメイクさんに頼むことも含まれていたし、当然モデルにほどこされるメイクアップの行程もだいたいは把握していた。
 美容のページもずいぶんやった。
 そんな私には、上手な化粧って知れば知るほど「一般人が思うよりずっとハードなものだ」という思いが、抜きがたくにあるの。
 化粧のりを良くする為にクリームでマッサージから始まって、化粧水でパッティング、化粧下地クリーム、コンシーラー(シミやそばかす等トラブルを隠す)、ファウンデーションの下地カラー(眼の下のダークな部分を明るくしたり)、ファウンデーション(塗りおしろい)、その上からパウダー(粉おしろい)、ここまでが基礎になる下地造り。
 それから、チークシャドウやノーズシャドウといったシャドウ(影)と、鼻筋や頬骨だのにハイライトと使いわけて、顔の陰影や立体感を造っていく。
 で、ここから色を入れていく。まぶただの頬だのに、何色も入れてはぼかし塗り込んでいく。それから眉を描き、目元ぎりぎりまで色を入れ、睫毛をカールしてマスカラを塗り、口紅を描く。
 これがだいたいのメイクの行程だがくどくどと書いたのは、こういう行程のなかでどれくらいたくさんの化粧品を使ってるか、ちょっと想像して欲しかったからだ。
 これだけの化粧品を塗り込んで強いライトを浴びるモデルたちというのは、仕事が終わったとたんに何もかも洗い落としてスッピンで帰っていく子が多い。あれだけ塗ってライトで焼いたら、それが正解
 また、化粧には忘れられない思い出がある。昔まだファッションに関わりだした初期のころ、ある有名化粧品メーカーに「この春のメイク」だかを取材にいったことがある。
 取材後にひょいと、その宣伝部長が「ところであなた、有る年齢に達した時、男と女と素肌がきれいなのはどっちだと思います?」と、突然私に聞いたのだ。
「そりゃあ女でしょ。お手入れしてるし」
「違うんです。素肌は、男のほうが断然きれいなんです。中年になっても老年になっても男はスッピンで外歩けるけど、中年や老年の女の人スッピンで外歩けますか? なぜだかわかりますか? 男はね、化粧しないからなんですよ 化粧って、そういうもんなんですよ」
 一流化粧品会社の宣伝部長が、オフレコではあったがはっきりとそう言ったのだ。
 また、私には鍼灸師の友達がいるのだが、彼女からはよく「化粧品の使い過ぎによる病的な肌荒れ」で、治療室に駆け込んで来る若い女の患者の話を聞かされていた。
 私は決して化粧が嫌いではないし、頭から「とにかく肌に悪い」と決めつけるガリガリの自然志向派でもないのだが……そんな体験からか、化粧について書くときは、つい消極的なスタンスになってしまう。

──コンプレックスと化粧
 もうひとつ、私は若い女の子たちの化粧を考えるとき、どうしても気になってしまう女の子たちのメンタリティがあるんだなあ。
 化粧も、「あたし、もっときれいになる」とか、「あんな色付けたら、こんな風に描いたら、どうだろう?」というポジティブな発想の化粧なら、とてもステキだと思うのよ。
 しかし「もっときれいなりたい」は、えてして「欠点をカバーしよう」や「ここを、そこを隠そう」や「丸い顔を細くみせる」といった……コンプレックスを見つめる暗い眼に、変わりやすい。
 化粧についてまわる、こういう自分の容姿に対するネガティブな指向には、うんと気を付けないといけないと思うのよ。
 私はいわゆる「読者モデル」といわれる、シロウトの女の子たちともたくさん撮影をしてきたし、何より「欠点をカバーするメイク」の美容ページも作ってきたのよ。
 それでいて、それだからこそ、「どうして女の子たちは、女性誌の「目は大きく、顔は面長、華奢で小顔」というワンパターンの美人に自分を比べては、ああもせっせと自分のなかにコンプレックスを探すのだろう?」と、つくづく思っていたのだ。
 多くの若い女の子たちの場合、「眼が細い」とか「下ぶくれだ」とか「鼻が丸い」といったコンプレックスのほとんどは、他人が見たらさほど欠点とも思えない場合が多い。
 そんな欠点にお釣りがくるほど、肌や眼がきれいだったり、表情が可愛かったりする。
 むしろ、欠点に見えるそんな特徴を上手に生かせば、とても個性的でチャーミングな顔になるのに、「もったいないなあ 嫌ったり隠したりして」と、私は思うことが多かった。
 例えばモデルなんかでも、どこをとっても申し分なくきれいな子って、「そこそこ無難にモデルやってます」って感じで、わりと印象が薄かったりするものなのよ。
 反対に、時代の売れっ子になるモデルというのは、人にない強烈な個性を持っている場合が多い。
 そんな個性というのは、「細いキツネ眼」とか「上向いた丸い鼻」とかもうほとんどコンプレックスと紙一重の、むしろ欠点に近いような個性だったりするものだ。
 パリコレで売れっ子になった、おまんじゅうみたいな日本人顔のMちゃん。モデルから女優になった、シャープなキツネ目がステキなRちゃん。奥二重の強い眼差しにすごい存在感がある女優のEさんだって、最初はわりと平凡顔(美人顔に対してね)のモデルだったんだよ……まったくそんな例ってね、あげればきりがないくらい、いっぱいある。
 嫌って隠すか、好きになって磨くか、コンプレックスって考え方ひとつ。磨けば宝物にもなる場合だって、本当に多いのだ。
 せっかくの自分だけの特徴を、ワンパターンの化粧法を鵜呑みにして、いじめて欲しくない……そんなことを、若い女の子たちの化粧を見ているとしみじみ思う。
 百人いれば、百の美人と百の化粧が有るんだからね、本当は。

──美人と化粧
 それにしても、誰だってもっと美しくなりたいから化粧する。
 この世の中ではとにかく美人が得するってことくらい、どんな女の子もわかっている。
 世の中には、見えないけど「ブス差別」がちゃーんとあるってことも、わかってる。
 女の子なら誰だって、少しでも「美人」になりたい。そのため化粧にダイエットにファッションに、日夜がんばってる。
 美人、美人、美人になるとも
 ところが美人っていうのが、これまた不思議なものなのよねえ。
 一方では、女の子の「自分は美人だ」という認識くらい、人に嫌われたり非難されたりすることも、又ないのよ。
 ちょっと頭のいい子なら、誰でも「美人を鼻にかける」ことが、どれくらい嫌われることか、そりゃあよく知っているものよ。
 ひたすら「美人になりたい」、でも「自分で自分を美人と思っちゃいけない」……これって、なんなんだろう。
 およそ女の子たちにとって、「自分が美人かブスか」ぐらい気になることもないというのに……この「ブスはダメ。だけど美人もダメ」という、女の子たちの置かれる自己評価のダブルスタンダードって、いったいなんなんだろう?
 自分の容姿の自己評価は低いほうが、「可愛い子」ってわけなんだろうか?
 「女らしい」んだろうか?
 少なくともこんな二重規範は、女の子たち自身にとっては、決して居心地良くはない筈だろうに。
 私、ここには女の子たちのアイデンティティを摘み取る、男社会の巧妙な罠があるような気がしてならない。
 「ブスはダメ! オレたち相手にしてやらないよ。だけど自分で自分を美人っていう女もサイテーだね。美人かブスかは、選ぶオレたちが決めることで、逆はないのよ」……そんな男社会の空気感を、女の子たちは敏感に感じ取っているように思えてならないのよ。
 しかしねえ、「美人が得」なこの社会の中で、自分の容姿に対して自己評価が低いっていうのは、若い女の子にとっては明らかに損な姿勢でもある。
 私は「美人よ威張れ」って言うんじゃなくて、「不必要に自分のなかにブスを探すな」って、女の子たちに言いたいのよ。
 実際若い女の子なんて、若いってだけで誰でもどこかしら必ずきれいなのに、後ろ向きにコンプレックスばかり見つめる姿勢は、彼女にとって明らかに損なのだ。
 コンプレックス拡大して悩むより、長所をしっかり見つめて「あたしだって、けっこうイケてるじゃん」と、胸張って生きた方が絶対に強いってことなの。
 そのほうが、表情も生き生きしてきて、本当に確実に5倍くらいきれいになる。
 「きれい」なんて、気持ちが顔に出るんだよ。

──前向きで化粧
 少女マンガに、「白鳥麗子でございます」というのがある。TVドラマにもなった、私も大好きなマンガだ。
 これは、超美人でスタイル抜群、おまけに大金持ちのお嬢様という、白鳥麗子さんが主人公の恋愛マンガ。
 この麗子ちゃんには、「ブスはダメ、でも美人もダメ」なんてケチくさい、女の子のもやもやした気分なんてまったく通用しない。
「おーほっほっ、このアタクシを誰だと思って この美しい白鳥麗子をナンパしようなんざぁ、あんたには百万年も早くってよ
とか言って、男の子にケリ入れたりしちゃう。
 とにかく、「こんなにも美しく生まれついた、罪なアタクシ」なんだから
 その超タカビー(高飛車)で美人鼻にかけまくったキャラクターは、大らかで天真爛漫で純情な麗子ちゃんという人間の、何ともチャーミングなきき味になっている。
 このマンガ読んだ女の子たちは、必ずある種のさわやかな爽快感を覚える筈だ。
 すさまじいナルシストの権化の白鳥麗子ちゃんではあるが、この自己肯定の仕方は実に壮快 立派 勇気が沸いてくる。
 なんだか話が飛んだようだが、飛んでない。
 私ねえ、化粧っていうとこういう感じで、ウルトラ明るく白鳥麗子的発想で、女の子たちにやって欲しいと思うの。
 暗い目をしてあちこち「カバーしたり」「目立たなくしたり」、○○風に「見せたり」「似せたり」……そういう化粧は、それこそ肌にも心にもあんまり良くないって

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