タイトル

連載 今という時代に/第回(2002年月号掲載)
ああ、ワールドカップ
宮谷史子 ファッションライター

 私は、もともとスポーツ観戦に興味がない。

 ところが、一緒に暮らしている80才の母が、野球からラグビーまでTVでやるスポーツ中継は全て見るスポーツ好き。Jリーグなんて、「よし、いけ」と拳を振り回すとんでもない熱血サポーター婆さんで、いつしか影響を受けてしまった。

 「スポーツは顔よ」と豪語する、サッカー音痴でいい男好きの私に、「あっこの選手、あんた好きじゃない?」などと、突然声をかけたりする。「どれどれ、私この人より、この横にいる人のほうが好みのタイプ」「ああ、この人もいい選手だよ。見ててごらん、また映るから」とか……母もうまいのよ。

 ほらサポーターって、1人で見るより誰かと一緒に見て盛り上がりたいのよねえ。

 で、日本代表の試合くらいは見る程度の、サッカーファンになった。その程度のサッカーファンであるのに、あんまりTVも街もかたわらの母親も、「ワールドカップ、ワールドカップ」と騒ぐから、ついいっしょになって浮かれてしまった。

──にわかサッカーファン

 しかし、所詮はにわかサッカーファン。

 「ベッカム? ガキだね。それに甘すぎる。バティだねやっぱり。男の色気がある」

 「イタリアのユニフォームは、薄い素材と細身のデザインで、実に身体の動きがセクシーに見えるよう計算されてるね。さすが、ファッションで外貨を稼ぐ国だわ」とか、とか……サッカーのどこ見てるやら。

 ところが試合観戦も数をこなし、PKもオフサイドもしっかり解るようになると、本当にサッカーという競技が少しずつおもしろくなってきた。

 どこか田舎臭くて朴訥なアイルランドチームの、最後の最後まで「あきらめないで前へ行こう」という姿勢には、感動して涙が出そうになった。

 イタリアやスペインチームの華麗なサッカーには、本当に見惚れてしまう。

 韓国チームのねばり、ど根性の凄さ

 そのうち、「ドイツってさ、堅実で上手くてソツがないんだけど、なんか『華がない』と思わない?」などと、いっぱしの口を叩くようになってしまった。

 私が母とそんな話をしていると、大学生の息子が

「ヤダヤダ、あんたもすっかりにわかサッカーファンだね。この、ミーハーが
 日本中、にわかサッカーファンだらけ ニッポン万歳 ニッポン万歳 って、いつから日本はこんなナショナリズム国家になったんだよ。気持ち悪い」

 「まあ確かに、この国をあげての『ニッポン、チャチャチャ』は、不気味ではあるよね」

 「この間、日本が勝った日の渋谷なんてさ、交差点で通りがかった知らない者同士が抱き合って、『ニッポン万歳』だよ。なに、あれ 気持ち悪くてヘドが出る」

 「まあいいじゃないの、お祭りなんだから。

 知らない者同士ったって、ケンカするよりは、抱き合った方がいいってもんだ」

──このナショナリズム

 ところがそのうち、韓国の広場埋め尽くす真っ赤な群衆見てたら、私もふとイヤな感じを持ってしまった。「なんなの? この熱狂。この群衆。ちょっと不気味なんじゃない?」

 自分ちの「ニッポン、チャチャチャ」にはおうようなくせ、隣んちの「テーハミングー、ドドンガドン」の不気味さには気づく……人間って、勝手なものね。

 だいたい韓国って あのアメリカ戦で選手がスケートの真似した時から、「ちょっと、もうやめなよ 済んだことじゃない」とは、思ってた。

 スタジアム中ベタ塗りの真っ赤で、相手チームがボール持つだけでブーイングの嵐になる韓国戦みるたびに、「ちょっと、その態度ないんじゃないの あんた、ホスト国なんだよ」とは、思ってた。

 でも、韓国の悪口ってなんか言えない。すぐ、「差別主義者」とか言われそうで。言いたい でも言えない ムズムズムズ……それでも、「韓国サポーター、少しヘンだよ」とブツクサ言っていると、息子が言った。

 「そんな生やさしいもんじゃないよ。韓国サポーターがやっていることは。

 イタリア戦の時は、「アズーリ(イタリア選手たちの愛称)の墓へようこそ」って大段幕が出たよ。それから、昔イタリアが北朝鮮とサッカーやって負けた日の日付を、座席使って人文字作ったよ。座席でだよ 大会ぐるみ、組織的と思われたってしかたないだろう」

 「ええっ? そんな大段幕、見えなかったけど」

 「日韓共催一色のTVが、そんなもの写すわけないだろ カメラなんて振れば、都合の悪いところは無かったことになるんだから」

 「そりゃまあ、そうだけど……」

 そんな会話を交わした後、韓国でのイングランド対アメリカ戦で、真っ赤な大群衆がピッチで戦っているイングランドでもアメリカでもなく、「テーハミングー、ドドンガドン」をやり出したとき、私は完全にキレた。

 「オマエら、それはないだろうが それ、マナー違反だ それ、もうスポーツじゃなくて完全にナショナリズムだよ」、TVに毒づく私に、息子がまた言った。

 「ワールドカップのことを、少しインターネットで見てごらん。母さんの好きな『2ちゃんねる』にいっぱい出てるから」

──裏のワールドカップ
 そう言われて、久しぶりに「2ちゃんねる」開くと……おおっ なんとこれは

 インターネットの掲示板は、「韓国バッシング」と「韓国、審判買収の不正試合」あるいは「黒いワールドカップ」の話題で、持ちきりではないか。

 なになに、「サッカー人口の少ない韓国では、他国同士の試合はスタジアムが埋まらない。とにかく韓国をグループ通さないことには、FIFAは興行的に成り立たない」……ふーん、そういうことはあるのかもねえ。

 「歯医者とか警察官とか職業を別に持っていて、しかも審判収入もしっかり保証されている欧米の審判と、審判が職業で国の生活レベルも低い南米の審判とは、同じ審判でもその質も生活の背景も全然違う」って……へーっ、そう言えば韓国が勝った試合って、審判みんな南米の人だったなあ。ヘンなジャッジも多かったし。なるほど、それで買収疑惑が出てるんだあ。

 ああ、これか 「アズーリの墓へようこそ」って、それにしてもデッカイ大段幕だなあ。これって悪意だよ。えげつないことするなあ。

 ……こうして、もともと「噂の真相」なんて雑誌が大好きな私は、すっかりネットサーフィンにハマってしまった。

 表のTV中継からは絶対に見えない、もう一つのワールドカップの世界が、インターネットの中では瞬時に展開されていた。

 それからは、もう毎晩パソコン漬け。試合のある日は、一時間ぐらい前からパソコン開いて、パソコンとTVの二本立てで試合見るというスタイルが定着した。

 ドイツ対韓国戦では、TVで浮かれまくった司会者が「さあ、共催国の韓国を応援しましょう しかし、強いですねー韓国」とはしゃいでいる裏で、ドイツの選手の遺影写真かざしたり、「ヒットラーの息子達は帰れ」と書いた看板持つ韓国サポーターの写真が、ネットの中を飛び回っていた。

 そのうち、「ドイツ国歌斉唱の時に、ナチスの『ハーケンクロイツ』を出すらしい」という情報が、ネットに出始める。

 急いでTVの前へ走っていき、観客席を凝視。いやあ、出てないみたいだけど。またパソコンの前に走っていく「大会関係者の指示で、選手入場の前に外された」って、あっ本当だハーケンクロイツ外してる写真がある。

 試合のある日は、TVとパソコンの前を行ったり来たり走りまくる、もうほとんどカウンター攻撃状態

 もう、おもしろくておもしろくて ワールドカップがいっきに7倍ぐらい楽しくなった。

 そうなると、TV見てる母を呼んできては、「ほら、韓国のサポーターこんなことやってる」「あの時のファールは、こうだったんだよ」などと、パソコン見せる。

 「これはないわねえ」とか「あらまあ、本当だ」とか、母もけっこうノッてくる。根は、なかなかのリベラル婆さんなのだ。

──表と裏と

 突如、ネットサーフィンにハマりまくってパソコンの前から離れなくなり、
 「インターネットって確かに凄い媒体だよ。同じニュースが、ああもこうも全然違う事実として報道されているってわけだ。
 ニュースってさ、決して『真実』ではないんだよね。ニュースって、もともと多面体なんだよね。
 ネットってまた、そういうニュースの嘘やかたよりまで、瞬時にたくさんの人間に認識させてしまう媒体でもあるわけだ。世界中に。ほとんど同時通訳で」などという私に、息子が言った。

 「母さんの言ってることは、『メディアリテラシー』ということだよ。『2ちゃんねる』ばっか見てないで、メディアリテラシーをネットで調べてごらん」

 へえへえ、「メディアリテラシー」だって?……なになに、メディアの読み解き方?「この情報社会で、たくさんのメディアの中からどの情報を拾い、どの情報を捨てるか」……なるほどね。

 「メディアをどう読み解き解釈して、自分のものとし、それをまた発信していくか」だって。「リテラシー」って、「読み書き」のことなんだあ。メディアを使いこなした上での、読み書きかあ……うーん、今の社会生きるうえで、絶対に必要な感性だよね……ふーん、ひとつ勉強した。

 ひとつ勉強して、すぐまた相変わらずネットとTVでワールドカップに狂ってるうちに、おもしろいことが起こってきた。

 表のTVの世界と、裏のネットの世界が連動し始めたのだ。

 ネット世界では常識の「審判の買収疑惑」や「韓国サポーターの行き過ぎ応援」や「ドーピング疑惑」などを、TVが話題にするようになった。

 正規のニュースなどでは絶対に取り上げられないが、ワイドショーが「審判の誤審問題」やったり、ニュースキャスターがちくりと一言「今日の試合は良かったですね。審判もね」などと言ったりするようになった。

 ネットの世界では、「韓国ドイツ戦の日、白シャツで国立競技場に集まれ」という呼びかけが始まる。

 「我々日本サポーターは、いくら共催とはいえマナーも無茶苦茶な真っ赤なテーハミングー集団とは違うんだということを、アピールしよう。白シャツを着て国立競技場へ行き、韓国の対戦相手のドイツを最高に紳士的な態度で応援しよう

 わあおもしろい ネットの世界が、現実に行動を起こし始めたぞ。

 そうこうしているうちに、FIFAは準決勝と決勝の審判団を急遽そう取っ替えして、ヨーロッパ勢でかためた……ってことは、あの「審判が買収されていた」って噂は、かなり「有り」だったってこと?

 表と裏が、確実にリンクし始めてる。

 そういえば3位決定戦の時は、韓国サポーターは観客席に大きなトルコの旗出したし、勝ったトルコチームにも拍手してたし、マナーもすごく良くなってたよね。

 「当たり前よ。あんな応援の仕方してたら、世界中の笑いものですよ。韓国の大会関係者たちもピリピリしてるのよ。韓国にも、ちゃんと良識のある人はたくさんいるんです」と、にわか「裏事情通」になった母が言う。

──ああ、ワールドカップ

 いやあ、TVとパソコンの前行ったり来たり、実に忙しいワールドカップでした。

 いろいろと覚えた、「メディアリテラシー」とか「ボレーシュート」とか「シミュレーション」とか……ワールドカップでした。

 ついでに80の母を1人、けっこうな裏事情通の「ネット婆さん」に仕上げた、ワールドカップでした。

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