タイトル

連載 今という時代に/第回(2002年11月号掲載)
ああ、ルイ・ヴィトン
宮谷史子 ファッションライター

 長引く不況。完全失業率は過去最高。

 年間の自殺者が4年連続で3万人を越え、その6割が働き盛りの中高年で、彼らが残した「自殺遺児」の進学や生活や心のケアが、社会問題になっている。

 それなのに、ここのところフランスやイタリアの一流ブランドが、銀座や青山の一等地にバンバン自社ビルを建てている。

 中央線が、飛び込み自殺でしょっちゅう止まる国。

 「自殺遺児」なんていう、考えたら凄い言葉が出来てしまう国。

 それなのに、とにかく高級ブランドものが売れて売れて、日本は今や一流ブランドにとっては、どこより一番オイシイお客様なのだ。

 現に私の周りでだって、カード地獄からサラ金に追いかけ回されて自己破産し、とうとう家庭まで崩壊しちゃった人がいる。それも1人や2人じゃない。

 中高年自殺者の統計を、1人分引き上げてしまった男友だちもいる。

 自殺遺児だっている。

 で、別にこんなこと私の周囲だけのことじゃない。ちょっと人と話せば、そんな話ゴロゴロ出てくるような、今どきフツーのことだ。

 今の日本って、そういう国だ。

 それなのに、つい最近も、ルイ・ヴィトンが表参道にデッカイ自社ビルを建てた。

 女優やタレントが次々と車で乗り付ける、さながらアカデミー賞の授賞式なみの浮かれかた、華やぎかた……ニュースでその派手なオープンセレモニーの様子を見ていたら、心底不思議な気持ちになってしまった。

 これもまた、この国の現実なのよねえ。

 なんだかんだ言っても、みんなが7万円のポーチとか32万円のバッグとか買うから……で、それらがあんまりよく売れるから、シャネルもエルメスもルイ・ヴィトンも、本店に負けないほど力を入れたショップを日本に作るわけでしょう?

 これって、なんなんだろう?

 この国のなかではいったい、どういう価値観とどういう価値観が拮抗してるのだろう?

──東京の新名所?

 「これって、なんなんだろう?」という、果てしない???を抱きながら、さっそくルイ・ヴィトンを偵察に出かけた。

 原宿から青山にかけての表参道なんて、しょっちゅう通り過ぎてたけど、いざ改めてそういう眼で見ると、最近なんとたくさんの一流ブランドのショップが出来たことだろう。

 いつのまにか、ちまちました生活雑貨や洋服を売ってたブティックがなくなり、入り口にガードマンが立つフランスやイタリアの高級店が軒並みに並んでいる。

 シャネル、グッチ、ミッソーニ、サンローランリヴゴーシュ、エンポリオアルマーニ、ディオール、ルイ・ヴィトン……いつのまにこんなに 

 一昔前まではこの通りにブランドといえば、モリハナエとポールスチュアートぐらいしかなかったのに、表参道はいつのまにか高級店の建ち並ぶ、一流ブランド通りに様変わりしている。

 で、話題のルイ・ヴィトンは……おお、けっこうでかいビルじゃないの。

 入り口から列が出来ていて、警備員がテープ張って誘導してる。あっ、入場制限してるんだ。警備員が3人、4人。列は30メートル、50メートル、70メートルぐらいはあるかなあ。列の一番後ろで、やっぱり警備員が札持って立っている。「ただ今、入場まで50分待ちです」だって

 列に並んでいる人々をじっくり観察するが、とりたててお金持ち風?にも見えない。これが、実にフツーの人々ばっかり。

 もちろん、ブランド大好きそうな若い女の子たちも多いけど、「なんで、ルイ・ヴィトンなの?」ってかんじの、オジサン、オバサン、婆さま、田舎のオヤジ風、眠りこけた子供抱いた父ちゃん。とにかく街中にそこらにいる、フツーの人々が圧倒的に多い。

 あっ、店の玄関口でピースマークで記念写真撮ってる親子もいる。ああ、なるほどね。浅草に東京タワーにルイ・ヴィトンってノリなわけね。東京の新名所なんだ。

 しかし、ルイ・ヴィトンの前で記念撮影ってのは、なんか微笑ましくておかしいね。

──買うわ買うわ
 で、50分後にやっと入場。店に入るだけなのに「入場」だよ……まったく。

 1Fの入り口付近には、財布だのキーホルダーだのポーチだの、比較的買いやすい値段の小物類が置いてある。まあ、それだって1万7千円とか3万5千円とかするんだけど。

 「いらっしゃいませー」「こんにちわー」店員はさすがに教育されていて、絶対に買い物しそうもない客にも、実に愛想がいい。

 2F、3Fと進んでいくと、ほらぁ、徐々にヴィトンの世界が本領発揮。ハンドバッグが62万円。ブレスレットが21万8千円。こっちのバッグは95万円。あっ、このペンダントトップ可愛いネ、なになに119万8千円だって

 「ふーっ いるのかよ、こんなの買うヤツ」と、店内を見回すと……いるんだなあ。本当に買ってる人が。そこにも。ここにも。あっちにも。

 そっちでは「いかにも」って感じの、黒ずくめのキャリアウーマン風の女性が、店内徘徊してるお上りさん達に「ツン」というバリアー光線飛ばしながら、ショーウィンドーの上に広げたビロードの上でブレスレットを選んでいる……あっ、買った

 こっちでは「いかにも」って感じの、ループタイなんかした田舎のオヤジ風が、娘だか愛人だか若い女の子が29万のバッグ選ぶのを、眼を細めて眺めている……あっ、オヤジも買っちゃった

 あっちでも「いかにも」って感じの、髪を紫色に染めた犬を連れた(あっ、犬はinnなんだ)太ったマダムが、95万のバッグを鏡の前でああ持ったり、こう持ったり。横では、マダムが買った他の品を抱えた店員が、盛んにお世辞を言っている……あっ、マダム95万のバッグも買っちゃった

 ところがよく観察してると、断然多い実際買い物してる買い物客は、「いかにも」の人じゃなくて、「いかにも」じゃない人々たちなのよねえ。

 買いやすいステーショナリーや小さなアクセサリーなどは、スニーカーに半ズボンの学生風の男の子が、金髪でジーンズの彼女にプレゼントしたりしてる。

 どう見てもOL風の女の子達が、20万を越すようなバッグを買っている。

 ティーンエイジャーの娘と母親らしき中年の女性が、娘に10万近いセーターを買っている……オイ、オイ ガキにそんな高価なセーターなんか、買うなよ

 店内はそこでもここでも、ルイ・ヴィトンの買い物袋を下げた人々でいっぱいだし、店員は商品や紙袋を持ってキャッシャーと客の間を飛び回っている。

 うーん、これってなんなんだろう?

 なんなんだろう? なんなんだろう? わけのわかんないままにも……とにかく、バッグや服に対する価値観が、私とルイ・ヴィトンで買い物する人々とは、決定的に違うことだけはわかるんだけど。

 きょろきょろとあたり見回してるお上りさん(私も、これね)と、「いかにもの人」と「いかにもじゃない人」の買い物客の、熱気と人いきれと喧噪。

 さすがに入場制限するだけあって、店内はさほど混雑はしてないんだけど、だんだんと私は「妙なもの食べて、アタリそう」という感じになってきた。

 最後に男性用フロアで、ルイ・ヴィトンのロゴが地模様になった下着のパンツ2万4千円を見て、ふと、「こういうパンツをはくお尻は、どんなお尻だろう?」と思った瞬間……完全に気持ち悪くなってしまって、ほうほうの体でルイ・ヴィトンを後にした。

──やっぱり、ワカンナイ

 後日、家で大学生の息子と、この「ルイ・ヴィトン参り」のことを話す。

 「これって、なんなんだろう?」と、しつこく言い続けている私に、息子は軽く言う。

 「価値観の二重規範 この国は、二重規範の国なの

 「それはわかるんだけど、この二重の価値観の接点は、どこかにあるんだろうか? 例えばさ、不況で年間自殺者が3万人を越す国だからこそ、かえって62万のバッグがばんばん売れる……とか、そういうことがあるんだろうか?」

 「関係ないね 女の子たちは、オジサンたちがどんなに自殺しようが、ルイ・ヴィトンを買い続ける。オジサンたちは、自殺に追い込まれようが踏み止まろうが、一生ルイ・ヴィトンは買わない」

 「でもさ、たいしてお金持ちでもないフツーの女の子たちが、もう必死になって、節約しても武富士で借りてもカード地獄に陥っても、分不相応な値段の高級ブランド品を買ったりするわけよ。もう、『金で買える夢』しか信じない……とかさ 女の子たちのなかに、そういうある意味での精神的な『飢え』とか『貧しさ』のようなものが、あるのかもしれないと思わない?

 だってさ、ブランドものってまた女の子たちが陥る援助交際やカード地獄の、一番の原因でもあるんだよ。若い女の子が、フツーに買える値段じゃないんだから。

 女の子たちの、そういうある意味での『精神の貧しさ』と、オジサンたちを自殺に追い込むこの社会の経済的な『貧しさ』……なんかさ、どちらもこの社会が内包する共通の『貧しさ』のようなものが、ありそうな気がしない?」

 「ふーん、それが書きたいの? そういう社会が抱える本質的な『貧しさ』とか、『精神的な貧しさ』と『経済的な貧しさ』の接点は、ありそうな気もするけど……そりゃ、アンタが書くにはテーマがちょっと難しすぎるネ。気鋭のジャーナリストや社会学者ならともかく、三流論客のアンタには、それはちょっと書けそうもない。アホはアホらしく、無理しないで『わー、びっくりしたァ〜。わけワカンナイー』とか、書いときゃいいんだよ」

 「バカにしないでよ 私だって、たまには『この国の価値観の二重規範は?』とか、『南北問題じゃないけれど、この国の“富の配分”はどうなっているのだろう』とか、そういうアタマの良さそうなことが書きたいんだよ。だから、一生懸命に『これって、なんなんだろう?』って、考えてるのにさ!」

 「だからさぁ、女の子たちは昼間マクドナルド1個とかでひもじく節約しながら、一生懸命お金貯めて29万とかのルイ・ヴィトンを買うわけさ
 ほらっ、中学の時、あっちゃんが毎日卵パン1個だけで、節約しては弁当代を貯めてファミコンのゲームソフト買いまくってたじゃない。あれと同じことさ

 「ふーん、なんか『あっちゃんの卵パンの話』は、すごくわかりやすいんだけど……でも、なんかちょっと違うような気もする……」

 で、結局やっぱりワカンナイ

 これって、なんなんだろう?

『生活教育』ホーム ライブラリーのトップ 次の回へ